サンディエゴ、ペトコ・パークの裏手に位置する練習施設。 2026年4月、MLBのシーズンが幕を開け、街が熱狂に包まれるなか、そこだけは切り取られたような静寂があった。
パドレスのユニフォームではなく、動きやすいワークアウトウェアに身を包んだダルビッシュ有が、ゆっくりと、一歩一歩の感触を確かめるように芝生の上を歩いている。
2025年11月。彼は右肘の靭帯再建術、いわゆるトミー・ジョン手術を受けた。 執刀医はテキサス州アーリントンのキース・マイスター医師。
術後、彼は自身のSNSで「2026年シーズンは試合で投げることが出来ません」と、1年以上の長期離脱を自らの言葉で伝えた。 39歳という年齢。2度目の大手術。
周囲が「引き際」という言葉を飲み込むなか、彼は今、誰もいないグラウンドで、失われた右腕の感覚を一つずつ繋ぎ合わせている。
(参照:フルカウント ダルビッシュ、右肘手術で今季全休 復帰は2027年に「リハビリ頑張ります」)
15か月の空白を埋める「いい感じ」という自己対話
リハビリという作業は、華やかなマウンドとは対極にある。 150キロを超える剛速球を投げることも、魔球と称されるスライダーで空振りを奪うことも、今の彼には許されていない。
彼が向き合っているのは、もっと根源的な「動き」だ。 肘の可動域を数ミリ広げるためのストレッチ。 インナーマッスルを刺激する地味なトレーニング。 そして、ようやく許されたキャッチボールでの、指先から放たれるボールの回転。
30年、多くの選手たちのリハビリを間近で見てきた。 焦りに駆られて強引にペースを上げ、再発を繰り返す若手は少なくない。 しかし、ダルビッシュの動きには、独特の「間」がある。
一球投げるごとに、彼は自分の右肘と対話するように静止する。 「いい感じです」 独り言のように漏らしたその言葉は、誰に聞かせるためでもない。
かつてマウンドで数々の強打者を沈めてきた右腕が、再び自分の支配下に戻りつつあることへの、微かな、しかし確かな手応え。 データの数値以上に、彼は自分の肉体が発する微細な信号を信じているように見えた。
制限リスト入りの現実と、若手へ受け継がれる「情報の共有」
2026年3月25日。パドレスは開幕を前に、ダルビッシュを「制限リスト」に入れた。 今季の絶望を意味する事務的な手続き。 40人枠から外れ、給与の支払いも停止される。
プロとして非情な現実を突きつけられても、彼は練習場に現れる。 そこには、怪我を抱えた自分にしかできない「仕事」があることを知っているからだ。
リハビリの合間、彼はよく若手投手たちの投球練習を見つめている。 かつてWBCのキャンプ地で見られたように、彼は惜しみなく自分の知識を後輩たちに分け与える。
(参照:フルカウント なぜベンチにダルビッシュユニ? 侍ナインの思い…高橋宏斗が説明「一緒に戦っている」)
最新の測定器が示す回転数の意味。 乾燥したメジャーのマウンドでの指の置き方。 変化球が曲がりにくい環境での、配球の組み立て方。
彼がこれまでのキャリアで積み上げてきた膨大な経験値は、投げられない今、チームの若い才能たちを潤す「教科書」となっている。 コーチでも監督でもない、同じ現役選手としての目線。 その言葉の重みは、どんな最新のトレーニング理論よりも、若手たちの心に深く刺さっている。
目指していた終わり方ではなかったですが監督、コーチ、選手、スタッフの皆様、宮崎から約1ヶ月間本当にお疲れさまでした。
選手は凄いプレッシャー、難しいスケジュールの中優勝を目指して日々調整、準備をしてくれていたのを間近で見ていた分悔しい結果になったことに胸が痛みます。…— ダルビッシュ有(Yu Darvish) (@faridyu) March 17, 2026
2027年への長い助走。スタジアムの影に消えるシルエット
午後の陽光が傾き、グラウンドに長い影が伸び始める。 ダルビッシュは練習を終え、汗を拭いながらゆっくりとクラブハウスへ引き上げていく。
その足取りに、かつてのような力強さはまだない。 しかし、その瞳の奥には、1年以上先の「2027年のマウンド」が、はっきりと映っているのではないか。
40歳で迎える復帰シーズン。 世間はそれを「奇跡」と呼ぶかもしれない。 だが、今の彼にとってそれは、積み上げてきた地道なリハビリの先にある、当然の帰結でしかない。
完璧な自分を取り戻すのではなく、怪我を経験したあとの「新しい自分」を構築していく作業。 そのプロセスを楽しんでいるようにさえ見える。
練習場のゲートが閉まり、あとに残ったのは、彼が踏みしめたマウンドの乾いた土の匂い。 カクテル光線が灯る本球場からは、遠く地鳴りのような歓声が聞こえてくる。そこにはいない。
けれど、彼は間違いなく、今も戦っている。 自分という、最も手強い相手と。 次に白球を投じるまで、あと、何回の夜を数えればいいのだろう。 その答えを知るのは、サンディエゴの風と、彼の指先だけだ。


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