今永昇太、雨上がりの敵地で見せた「スプリット」の感触。6回途中1失点、初勝利は消えても残った手応え【4/5ガーディアンズ戦】

勝利逃す MLB 2026

クリーブランドの空は、ようやく泣き止んでいました。 前日の激しい雨が嘘のように、プログレッシブ・フィールドの芝生は深く、重い湿り気を帯びています。 2026年4月5日(日本時間6日)。

予定されていた先発登板が雨で流され、一日遅れの「スライド登板」となったマウンド。 そこには、日本の横浜で長年エースを張った時と同じように、どこか淡々と、それでいて鋭い視線を打者に向ける背番号18の姿がありました。

春のクリーブランドの風は冷たく、吐く息がわずかに白く揺れます。 マウンドに上がった彼は、ロジンバッグを一つ叩き、指先の感覚を確かめるようにボールを握り直しました。

10球の攻防、25球の初回。指先に残る「恵み」

試合は、いきなりの試練から始まりました。 1回裏、ガーディアンズの先頭打者、スティーブン・クワン。 リーグ屈指のコンタクト能力を持つ打者は、彼の投じる速球と変化球を次々とファウルで逃げます。

カチッ、カチッ。 バットがボールを叩く乾いた音が、静かなスタジアムに響きます。 初球から10球。 最後は打ち取ったものの、わずか一人の打者に投じた球数は「25」を数えました。 初回を終えたとき、ベンチに戻る彼の額には、冷気の中でも確かな汗が滲んでいました。

しかし、その表情は暗くはありませんでした。 「スプリットが昨日あたりに、自分の中で『これか』というものが降りてきた。恵みの中止になった」 試合後、彼が明かした言葉です。

前日の雨による中止。 ホテルの部屋か、あるいは室内練習場の片隅か。 たった一日の空白が、彼に新しい感覚を運んできました。

3月29日の初登板では、初回に手痛い3ランを浴びたあの球が、この日は違いました。 指の間を抜ける瞬間、ボールが空気を切り裂く音が、彼の耳には心地よく響いていたのかもしれません。

5回までの静寂。高めの直球が空を切り裂く

2回を過ぎると、試合のテンポは一変しました。 32歳の左腕が投じる93マイル(約150キロ)の直球は、表示される数字以上の威圧感を持って打者の手元で伸びます。

相手打者がフルスイングしたバットが、ボールの下を虚しく通り抜ける。 そのたびに、カブスのベンチからは安堵の混じった拍手が湧き起こりました。

4回、2死からこの日初めての四球を与えます。 続く打者は今季5本塁打を放っているデローター。 スタンドのファンが身を乗り出し、一振りの逆転を期待して声を張り上げます。

けれど、彼は動じません。 外角低め、糸を引くような直球。 打者は一歩も動けず、審判の右手が力強く上がりました。 見逃し三振。 マウンドを降りる彼は、表情を変えることなく、淡々とグラブを叩きました。

5回には初めて得点圏に走者を背負いましたが、最後は高めの速球で空振りを奪いました。 「納得のいく球が多かった」 その言葉通り、彼はクリーブランドの冷たい空気の中で、自分の支配できる空間を広げていきました。

92球目の暗転。勝ち星がこぼれ落ちたベンチ裏

6回、味方打線が2ランを放ち、リードは3点に広がりました。 今季初勝利まで、あと9つのアウト。 勝利の女神が、ようやく彼の手の中に舞い降りたかのように見えました。

しかし、野球というスポーツは、たった一つの綻びから姿を変えます。 この回先頭のクワンに、一塁線を破る二塁打を浴びました。 球数は92球。カウン・セル監督がベンチを立ち、ゆっくりとマウンドへ歩み寄ります。

彼は監督からボールを受け取ると、一度だけマウンドの土を蹴り、静かにマウンドを降りました。 観客席からの温かい拍手を受けながら、彼はどんな思いでベンチへ戻ったのでしょうか。

悪夢はその直後に訪れました。 代わった救援陣がガーディアンズ打線の勢いを止められません。 適時打、犠牲フライ。 次々と走者が生還し、スコアボードの「3」は瞬く間に「0」へと塗り替えられていきました。

ベンチの隅に座り、水を手にしたまま戦況を見つめる彼の横顔。 その時、彼の頭をよぎったのは、消えてしまった自らの白星のことか、あるいはもっと別の「何か」だったのか。

初勝利はお預け。けれど、残った「温度」

試合はその後、カブスが勝ち越し、さらに逆転されるという激しい展開の末、5-6で幕を閉じました。 チームの連勝は止まり、彼の名前の横には「今季初勝利」の文字は刻まれませんでした。

「勝てなかった」という事実は残ります。 けれど、この日の登板には、前回のような重苦しさは微塵もありませんでした。 雨がもたらした「恵み」のスプリット。

粘る打者をねじ伏せた高めの直球。 そして、6回途中まで投げ抜いた、その指先の感覚。 データ上の数字よりも、マウンドで彼が感じていた「これだ」という手応えこそが、今の彼にとっての真実なのかもしれません。

シカゴから遠く離れた敵地で、彼は確かに一歩、前へ進みました。 32歳の新人。 海を渡り、環境を変え、言葉の壁を越えようとする男にとって、勝ち星以上に大切なものが、あの冷たい雨上がりのマウンドには落ちていたような気がします。

スタジアムを後にする彼の足取りは、どこか軽やかでした。 「一喜一憂せずに次に向けて準備ができたらいい」 そう言ってバスに乗り込む横顔に、悲壮感はありません。

ただ、次のマウンドで、あの「降りてきた感覚」をもう一度確かめたい。 そんな静かな欲望だけが、クリーブランドの夜風に溶けていきました。

(参照:スポニチ 今永昇太 スライド登板で6回途中1失点も今季初勝利ならず カブスは救援陣が崩れて逆転負け

まとめ

今永昇太は今季2度目の先発で、6回途中3安打1失点と好投。初勝利の権利を持って降板しましたが、救援陣が同点に追いつかれ、白星は消滅しました。
前日の雨による中止を「恵みの雨」と表現。スライド登板までの時間で、課題だったスプリットの感触を掴んだことが好投に繋がりました。
1回には先頭打者に10球粘られ、25球を費やす苦しい立ち上がりでしたが、2回以降はテンポを修正。5回まで三塁を踏ませない完璧な内容でした。
チームは8回に一度勝ち越すも、その裏に逆転を許し5-6で惜敗。今季初の連勝を逃しました。
今永自身は「納得のいく球が多かった」と振り返り、敗戦投手となった前回から確かな修正を見せています。
帰りのバスの窓を、また小さな雨粒が叩き始めました。 次のマウンドで、その雨が彼にどんな「答え」を運んでくるのか。 初勝利のその瞬間まで、彼の静かな観察と調整の日々は続いていきます。

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