2026年ミラノ・コルティナ冬季五輪、スノーボード女子ビッグエア。最終滑走という、全アスリートが震えるような重圧の中で、村瀬心椛(むらせ ここも)選手が放った「逆転金メダル」の余韻が冷めやりません。
岐阜の静かな街並みから世界の頂点へ。そして、その横には常に同じ夢を追う妹の姿がありました。スノーボード歴30年の筆者が、金メダルを決めた「異次元の技」と「家族の絆」を深掘りします。
2026年2月22日、ミラノの空に描かれた放物線は、ただのジャンプではありませんでした。 それは、岐阜のシャッター街から始まった長い旅路の、最高到達点でした。
【技術解説】世界を震撼させた大技「バックサイド・トリプルコーク」の正体
今回の逆転劇を決定づけたのは、女子では世界でも数人しか成功者がいない超大技「バックサイド・トリプルコーク」です。
30年スノーボードを見てきた筆者ですが、これを五輪の、しかも最終滑走で決める心臓の強さには脱帽しました。
- 「トリプルコーク」とは? 空中で縦に3回、軸をずらしながら回る技です。例えるなら、「全力で回転する独楽(こま)が、空中で3回バク転しながら飛んでいく」ような複雑な動き。
- なぜ「逆転」が可能だったのか? この技は滞空時間が長く、圧倒的な「高さ」が必要です。村瀬選手は、岐阜でのマットジャンプ練習で培った「空中感覚」を武器に、完璧な着地を決めました。通常、着地が少しでもズレれば大怪我に繋がるリスクがありますが、彼女の着地音は驚くほど静かでした。これこそが、ジャッジを唸らせた高得点の理由です。
ライバルであり最大の理解者、妹・村瀬由徠(ゆら)との「姉妹の絆」
村瀬心椛選手の強さの源、それは共にミラノの舞台に立った妹・由徠選手の存在です。岐阜のシャッター街近くで育った二人は、雪のない季節も室内練習場へ通い、文字通り「24時間365日」をスノーボードに捧げてきました。
- 「一人じゃない」という強み 姉が新しい技に挑めば、妹がそれを見てヒントを得る。妹が転んで落ち込めば、姉が励ます。そんな切磋琢磨が、岐阜という「雪のない環境」を、世界最強のトレーニングセンターへと変えたのです。
- 由徠選手の存在が支えた「メンタル」 決勝のスタート前、極度の緊張に襲われていた心椛選手に、由徠選手がかけた言葉は「いつも通り楽しんで」というシンプルなものでした。同じ苦しさを知る妹からの言葉が、心椛選手の肩の力を抜き、伝説のジャンプを生んだのです。姉妹で五輪に出場し、一人が金メダルを獲る。これは日本のスポーツ史に残る快挙です。
【独自考察】環境を言い訳にしない「岐阜プライド」
地方のシャッター街や、雪のない地域に住んでいる若者にとって、「世界なんて遠い夢」に感じるかもしれません。
しかし、村瀬姉妹が証明したのは、「どこにいるか」よりも「その場所で何を積み上げるか」の大切さです。
30年前、スノーボードは「雪国の遊び」でした。しかし今、岐阜のコンクリートの上でイメージを膨らませてきた少女が、世界の頂点に立っています。
この事実は、現代を生きるすべての若者に「逆境こそが最高の加速装置になる」というメッセージを投げかけています。
まとめ:ミラノに咲いた、岐阜の誇り
村瀬心椛選手の金メダル。それは、本人の努力はもちろん、共に戦った妹・由徠選手、そして二人を支え続けた家族の「執念」が勝ち取ったものです。
「雪がなくても、チャンスは自分たちで作れる」 「姉妹なら、苦しみは半分に、喜びは倍にできる」ミラノの夜空で輝いた金メダルは、地方で夢を追うすべての人々を照らす、希望の光となりました。
30年選手である私も、彼女たちの滑りを見て、改めてスノーボードというスポーツの持つ「夢」を再確認させてもらいました。
(参照:公式インスタグラム)
(参照:共同通信)
(参照:村瀬心椛が金属探知検査で止められる!?ポケットから出てきたものは ネット反響「お茶目w」「お宝発見」)
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