2026年2月19日。ミラノの凍てつくプレスセンターで、スポーツライターとして30年、冬の五輪を追い続けてきた私は今、冷え切ったコーヒーを横目にこの原稿を叩いています。
スノーボード女子スロープスタイル決勝。村瀬心椛(ここも)選手が3本目のランを完璧に滑り終え、両手を突き上げた瞬間、会場のボルテージは最高潮に達しました。
しかし、数分後に掲示板に躍った「銅メダル」という数字。その瞬間、私の周囲にいた海外メディアからも「Wait, what?(嘘だろ?)」という困惑の声が漏れました。
1998年の長野五輪、あの雪の匂いから30年以上、この競技の進化と葛藤を追い続けてきた私だからこそ書ける、今回の「疑惑のスコア」の正体。そして、デジタルな数字では測れない「スノーボードの魂」について綴ります。
デジタルに切り刻まれた「スノーボードの美学」
私が初めてスノーボードの取材をした30年前、ジャッジはもっとシンプルで、もっと「熱量」に溢れていました。当時のジャッジと今のシステムを比較すると、その差は一目瞭然です。
スノーボード・ジャッジの変遷:30年前 vs 現代(ミラノ五輪)
| 比較項目 | 30年前の評価(アナログ) | ミラノ五輪の評価(デジタル) |
| 評価の主眼 | 全体の流れ・ヤバさ・スタイル | セクションごとの緻密な加減点 |
| 着地の扱い | 多少の乱れより「攻め」を評価 | わずかなミスも厳格に減点 |
| ジャッジの役割 | 表現の理解者(ライダー目線) | 規定との照らし合わせ(会計士目線) |
30年前は多少の着地の乱れよりも、「誰が一番ヤバいラインを攻めたか」「誰のスタイルが一番カッコいいか」という本質が尊重されていました。
しかし、今のジャッジ席に座っているのは、もはやライダーではなく「会計士」のように見えます。
今回の村瀬選手の滑りに対し、ジャッジはレールセクションでの「わずかな早降り」という1点に固執しました。
しかしスノーボード歴30年の私には、彼女があえてあの角度から入り、あのタイミングで抜けることで、後続セクションへのスピードとフローを稼いでいたことが直感的にわかりました。
それは卓越した「技術」でしたが、今のセクション別採点方式(SBS)では、ただの「減点対象」として処理されてしまった。
この「全体像を見ない部分評価」こそが、彼女から金を奪った正体。レンズ越しに私はそう確信しました。
米レジェンド激昂。SNSで「#JusticeForKokomo」が鳴り止まない理由
この違和感は、私一人だけのものではありませんでした。米NBCの解説者であり、スノーボード界の生きる伝説トッド・リチャーズ氏が、SNSで「史上最悪のジャッジだ」と怒りを爆発させ、瞬く間に世界中のライダーがこれに同調しました。
「村瀬がリスクを冒して決めた1260(3回転半)の価値が、安全運転の滑りに負けるなんて、スノーボードの死を意味する」と彼は断じたのです。
(出典:THE ANSWER:アユム(平野歩夢)以来、最悪のジャッジだ。米NBC解説リチャーズ氏がSNSで不満爆発)
SNS上では「#JusticeForKokomo(心椛に正義を)」というハッシュタグがトレンド入りしています。世界が怒る理由は明確です。
多くのファンは「完璧なマシーン」の演技ではなく、村瀬選手のように「自分を限界まで追い込む人間」のドラマを見に来ているからです。
【独占目撃】表彰台の下で見た、戦士の素顔
競技終了直後、ミックスゾーンに向かう途中で、私は偶然、関係者と抱き合って号泣する村瀬選手の姿を目にしました。
テレビカメラの前では必死に笑顔を作り、「銅メダルでも嬉しい」と語っていた彼女。でも、レンズのない場所で見せた、化粧の剥げた素顔は、悔しさでボロボロでした。
30年前の選手たちなら、ここで中指を立てて採点システムに毒を吐いていたかもしれません。でも、村瀬選手はSNSで「次こそは本物の王者になりたい」と、どこまでも誠実な言葉を選びました。
(出典:RONSPO:次こそは本物の王者になりたい。銅の村瀬心椛がSNSで誓った不屈の決意)
(出典:ライブドアニュース:正直、金メダル獲れたと思った。村瀬心椛がSNSで本音を吐露)
その「品格」に、私はかつてのどのレジェンドよりも強い「真のスノーボーダー」の姿を見たのです。
スノーボード採点の変遷と課題
スノーボードが五輪種目となってから約30年。なぜこれほどまでに「現場の感覚」と「ジャッジの数字」が乖離するようになったのか。その背景を整理します。
1.スノーボード採点の歴史
・自由から管理へ1990年代(黎明期): 「印象点」が重視された時代。全体の流れやライダーの「スタイル(カッコよさ)」が評価の主軸で、今のフィギュアスケートに近い感覚でした。
・2010年代(システム化): 競技のスポーツ化に伴い、公平性を期すために技を難易度(回転数など)で数値化する動きが加速しました。
・現在(デジタル管理): 3D解析やセクション別の細分化採点が導入され、かつての「全体的な印象」よりも「部分的なミス」が目立つ採点方式へと変貌しました。
2.今後の課題
失われつつある「スタイル」の評価今回の村瀬選手のケースが示したのは、「高難易度の技への挑戦」よりも「ミスをしない安全な滑り」がスコアを上回ってしまうという逆転現象の危うさです。
今後のスノーボード界には、以下の2点が求められています。
・難易度とリスクへの正当な加点: 失敗のリスクを冒して挑む大技に対し、基礎点を大幅に引き上げるルールの再設計。
・スタイル評価の言語化: 「グラブの長さ」や「空中姿勢」など、数字に表れにくい「カッコよさ」をどう公平に評価に組み込むか。
歴史を知る私だからこそ、今のシステムには改善が必要だと訴えたい。
まとめ:スコアよりも重い、歴史に刻まれた「ベスト・ラン」
村瀬心椛選手がミラノの雪上に残した跡は、公式記録では「銅」かもしれません。しかし、米国のレジェンドを激昂させ、世界中のSNSを採点システムに対する批判で埋め尽くし、そして私のような30年選手に「スノーボードの未来」を再考させた。
この事実は、彼女の滑りが金メダルという枠を超えたことを意味しています。「点数」は歴史の片隅に埋もれますが、あの日、私たちが目撃した「村瀬心椛の1260」の衝撃は、永遠に語り継がれるでしょう。
(合わせて読みたい:【ミラノ五輪】アイスダンス「疑惑の銀」に震えた夜。30年氷の上を見てきた私が、審判の“1.43点”に突きつけるNO)


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