スキー・スノーボードのライターとして30年。雪山のきびしさも、奇跡のような瞬間も見てきた私ですが、2026年ミラノ五輪の「かたち」には、深い感動と少しの戸惑いを感じています。
今、SNSのタイムラインでは2026年大会の「ありえない距離」が話題です。 都会の「ミラノ」と、雪深い「コルティナ」。 その距離、なんと410km。車でも5時間近くかかります。
「開会式はミラノなのに、競技は山奥?」 「みんなが集まる選手村がないなんて、寂しすぎる」そんな声があふれています。 実はこれ、無理に巨大な施設を作って自然を壊さない、新しい「地球にやさしい五輪」のカタチなんです。
(出典:Olympics.com:How Milano Cortina 2026 redefines Olympic living)
30年前、選手村は「魔法の場所」だった
30年前、五輪といえば「一つの街がまるごと魔法にかかる」ような場所でした。 1998年の長野五輪……あの時、一つの村に世界中のスターが集まっていました。
食堂へ行けば、隣のテーブルで伝説の選手が笑い合い、 言葉が通じなくてもピンバッジ一つで親友になれる。
冷え切った体で選手村に戻り、仲間の活躍をたたえ合う。 「ワックスの甘い匂い」と「みんなの熱気」が混ざり合ったあの空気感。 あの場所には、たしかに「冬の神様」がいたのだと今でも信じています。
410km離れたからこそ、見える景色がある
でも、2026年の「バラバラな五輪」は、ただ不便なだけではありません。 選手たちは今、それぞれの競技の「聖地」に、より深く寄り添って過ごしています。
- 都会のエネルギーを感じながら、時速100kmで氷をすべるミラノの選手。
- ドロミテの鋭い岩肌に見守られ、ダイヤモンドダストの中を登るコルティナの選手。
物理的な距離はたしかに離れています。 でも、今の選手たちの手元には、スマートフォンがありますよね。
ミラノのまばゆい夜景と、静寂に包まれた山奥の星空。 SNSを通じて、それらが一瞬でつながり、混ざり合っていく。 これは30年前には、絶対に見られなかった「新しい魔法」です。
「情熱」という見えない糸でつながる今
30年前、私たちは「同じ場所にいること」で仲間だと信じていました。 でも今は、410km離れていても、 「雪を愛している」という言葉一つで、心はつながれます。
選手村の「にぎわい」は、形を変えました。 デジタルという新しい「広場」で、 かつてないほど自由に、世界中が混ざり合っているんです。
遠く離れた山の上から、画面ごしに仲間の勝利を祝う。 その姿を見て、私は「あぁ、これも一つの五輪なんだ」と、 あたたかい勇気をもらいました。
(出典:IOC Official:Milano Cortina 2026 – Masterplan and Sustainability)
まとめ:離れているからこそ、想いは深くなる
「バラバラで寂しい」と嘆くのは、もうおしまいにしましょう。 会場の93%に既存の施設を使い、新しく山を削らないという決断。それは、100年後の子供たちが同じ雪の上を滑るための、愛ある選択なのです。
410kmという距離は、お互いを尊敬し、 「情熱」という見えない糸でむすばれるための、 大切な「間(ま)」なのかもしれません。
30年滑り続けてきた私にはわかります。 「板が雪を削る音」と「高鳴る鼓動」さえあれば、 どこにいたって、私たちは最高の「一つのチーム」になれるはずですから。
(合わせて読みたい:【ミラノ五輪】スイスへ「亡命」寸前だったボブスレー。イタリアが守り抜いた氷の誇り)


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