2026年2月、ミラノ・コルティナ冬季五輪。モーグル男子、堀島行真選手が「0.27点」という極小差で銅メダルとなりました。
SNSでは「AIならもっと正確に判定できたのでは?」「人間による減点主義の限界だ」という声が溢れています。
(出典:読売新聞:【詳報】モーグル・堀島行真は銅メダル、意地の「コーク1440」決める…「同点」で金と銀は「ターン点」決着)
雪山を滑り続けて30年。不器用な板を力でねじ伏せてきた私には、この「完璧すぎる公平性」が、少しだけ寂しく見えるのです。
30年前、審判は「神」であり「飲み仲間」だった
SNSなんてない時代。ジャッジは「絶対的な主観」を持つ人間でした。
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「あいつのグラブは形が綺麗だから加点だ」
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「あいつは練習後の挨拶が気持ちいいから、おまけだ」
そんな、今なら大炎上しそうな「曖昧さ」が当たり前。でも、だからこそ僕たちは、審判に顔を覚えてもらうために必死でした。大会後の民宿の食堂。石油ストーブの上で乾くウェアの湿った匂い。
ワックスの香りに包まれながら、ジャッジのオヤジさんに「どうすれば点が出ますか?」と酒を注ぎに行った夜。あの泥臭い「人間同士の駆け引き」も、当時のスキー競技の一部だったんです。
【比較】30年前の「人間味」vs 2026年の「AI精度」
| 比較項目 | 30年前(主観とスタイル) | 2026年(AIと数値) |
| 採点の根拠 | 審判の目と「好み」 | 14台の8KカメラとAI解析 |
| 滑りの質 | 粗削りな「自己表現」 | 減点のない「最適解」 |
| 道具 | 重くて曲がらない板を力でねじ伏せる | AI設計の、誰でも飛べる魔法の板 |
| 自由の定義 | 審判を驚かせる「意外性」 | システムを攻略する「正確性」 |
「0点」から絞り出した、あの頃のスタイル
今の板は、AIが設計した最高級品。誰でも高く飛べるし、板が勝手に回ってくれる。でも30年前は、重くて硬い板を、必死に自分の筋力でコントロールしていました。
性能が低かったからこそ、「どうにかしてカッコよく見せてやる」という執念から独自のスタイルが生まれた。AIが監視する現代の雪山。ミスをしない滑りは、確かに工芸品のように美しい。
けれど、転倒ギリギリで耐えた時の「あの震える膝」や、着地で少しズレた瞬間に見せた「強引なリカバリーの美学」。数値化できない「人間の執念」を、AIはどう評価するのでしょうか。
(出典:JBpress:オリンピック「AI採点」は、堀島行真の「美しさ」を評価できるか?)
まとめ:次に滑るあなたへ
便利になった世界。AIが導き出す「正解」は確かに正しい。でも、雪の上くらい、もっと自由でいいんじゃないでしょうか。
AIに高得点をもらうための滑りより、「あいつ、なんかヤバいな」とリフトの上の見知らぬ誰かをニヤリとさせる滑り。
30年前、僕たちが追いかけていたのは、数値化できない「あの感覚」でした。あなたは今日、AIには測れない自分の「味」を出せていますか?
(合わせて読みたい:【ミラノ五輪】「空飛ぶ板」に驚くZ世代へ。30年前、僕らは『鉄板』をねじ伏せて滑っていた)


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