スノーボードを追い続けて30年。2026年2月に閉幕したミラノ・コルティナ冬季五輪ですが、3月に入ってもSNSでは「あの世界の歌姫」の話題で持ちきりです。
今、SNSで繰り返し流れてくる動画があります。 それは、開会式でイタリアの名曲『Volare(ボラーレ)』を歌ったマライア・キャリーの姿。
世界的なエンタメメディアThe Wrapも報じた通り、彼女のパフォーマンスは大会のテーマ「Harmony(ハーモニー)」を象徴する素晴らしいものでした。
(出典:The Wrap マライア・キャリー 2026冬季オリンピックの開会式でパフォーマンス)
しかし、同時にネットを騒がせたのが、ステージに設置された「あまりにも巨大なカンペ」です。 掲示板サイトのRedditでは、その様子が画像付きで拡散され、世界中からツッコミと爆笑が巻き起こっています。
(出典:Reddit 「Volare」のイタリア語バージョンを歌うためのプロンプター)
「Voh-lah-reh」……巨大カンペに宿るプロの誇り
Redditに投稿された画像を見ると、プロンプター(カンペ)にはイタリア語の発音が英語風に「Voh-lah-reh」と大きく表示されています。
「デカすぎて丸見えw」「イタリア語の読み方が親近感わくw」 そんな声があふれていますが、30年前の五輪をリアルタイムで見てきた私には、これが「究極の歩み寄り」に見えるのです。
慣れないイタリア語で、現地のファンに心から届けようとした彼女のプロ根性。あの巨大なカンペは、彼女がイタリアという国を尊重し、準備を重ねてきた「努力の証(あかし)」そのものなのです。
30年前、五輪の舞台は「一分の隙もない聖域」だった
私が20代だった30年前、オリンピックの開会式は、まるで軍隊の行進のように完璧で、どこか近寄りがたいものでした。
当時は、アーティストが歌詞を間違えたり、カンペが見えたりすることは「絶対的な失敗」とされ、冷ややかな目で見られてしまう……そんな厳しい空気がありました。
「完璧でなければならない」というプレッシャーがテレビ越しに伝わってきて、見ているこちらまで肩に力が入っていた。それが、私たちが知っていた「昭和・平成の五輪」のスタンダードだったんです。
30年選手の私が教える、令和の五輪の「正しい楽しみ方」
なぜ今、マライアのカンペ事件がこれほどまでに愛されているのでしょうか。 それは、私たちが「完璧な神様」ではなく、自分たちと同じ「努力する人間」の姿を見たいと願っているからです。
30年滑ってきた私は、雪山で何度も転び、失敗を繰り返してきました。
板が重くて膝を痛めたり、吹雪で前が見えなくなったり……そんな「不完全さ」と向き合ってきたからこそ、最高のステージで一生懸命にカンペを追う彼女の姿が、誰よりも輝いて見えました。
「隙(すき)があるからこそ、人は繋がれる」 このことに気づけた時、五輪はただの記録会ではなく、一生の思い出になるのです。
まとめ:完璧よりも「ハーモニー」を
「格式高い聖域」から「みんなで笑って楽しめるお祭り」へ。 30年かけて変わったのは、五輪の演出ではなく、私たちの「受け取り方」なのかもしれません。
マライアの巨大なカンペは、世界中の人を笑顔にする「最高の演出」でした。 30年前、テレビの前で正座して見ていた私に、教えてあげたい。 「未来の五輪は、もっと自由で、もっと笑いにあふれているよ」と。
さて、あなたが今回の五輪で「一番人間味を感じて好きになった瞬間」はどこですか? マライアの歌声でも、選手の意外な素顔でも構いません。
ぜひ、SNSやコメント欄で教えてください。みんなの「推しポイント」を語り合いながら、令和の五輪の余韻をもっと自由に楽しんでいきましょう!
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