2026年2月9日、イタリア・ミラノ。 スピードスケート女子1000メートル。電光掲示板に「1:13.95」のタイムと「3」の数字が灯ったとき、私はリンクの寒さを忘れて、静かに胸を熱くしていました。
長野五輪から30年以上、氷の上でエッジが「シュボッ」と氷を削る乾いた音を聞き続けてきた私ですが、今回ほど「プロの矜持」と「家族の情愛」が美しく混ざり合った瞬間を知りません。
北京の金メダリスト、高木美帆選手が掴み取った執念の銅メダル。そして、それを放送席から見守った姉・菜那さんの「呼び方」に隠された、知られざるドラマを綴らせてください。
「一応姉妹なので、ずっと隣で見てきましたけど……」NHKの放送席でそう切り出した高木菜那さんの声は、落ち着いているようでいて、どこか安堵の震えを含んでいるように聞こえました。
30年リンクサイドに立ち続けていると、選手の「表情の余白」でその状態が分かります。今シーズンの春、美帆選手はかつてないほど悩み、苦しんでいた。
隣で見ていた菜那さんが「え、大丈夫かな?」と不安になるほど、どん底の雰囲気を纏っていたといいます。
それでも、美帆選手は自力でそれを乗り越えた。姉として手を貸すのではなく、あえて「そっと見守る」ことを選んだ菜那さん。
その適度な距離感こそが、高木美帆という「化物(モンスター)」を再び五輪の表彰台へ押し上げたのだと、私は確信しています。
SNSが震えた「高木選手」という呼び名の重み
実況中、菜那さんは徹底して妹を「高木選手」と呼び続けました。 「美帆」でも「美帆ちゃん」でもない。
ネット上では「プロ根性を感じる」「リスペクトが伝わって素晴らしい」と絶賛の嵐が巻き起こりました。
でも、30年この競技を見てきた私には、別の景色も見えていました。 あれは単なる放送上のマナーじゃない。
「一人のアスリートとして、対等な場所まで這い上がってきた妹への、最大級の礼儀」だったんです。
「高木選手、落ち着いた表情になりましたね」その言葉には、かつてパシュートの先頭を交代で滑り、風を切り裂いてきた「戦友」だからこそ分かる、深い信頼が込められていました。
姉である前に、同じ氷の上で戦った者としての敬意。これほど重い「高木選手」という呼び名を、私は他に知りません。
「完敗だな」――31歳、絶対女王が漏らした本音の美学
レース後のインタビューで、美帆選手はいつになく率直でした。 「完敗だな、というのがある」 自分の五輪記録をオランダ勢に塗り替えられ、悔しさを隠さず顔をゆがめる。
30年選手の私から見て、この「悔しがり方」こそが彼女の強さの源泉です。3大会連続メダル、通算8個目という日本女子史上最多記録。
普通なら「やりきった」と笑ってもいいはずです。でも彼女は、ゴールラインを切るまで自分の滑りを全うしながらも、敗北を正面から受け止めた。
「ちょっと悔しいですけどね、その話をするのも」そう言って少し笑った顔。そこには、金メダルを獲った北京のときよりも、一回りも二回りも大きくなった「人間・高木美帆」の凄みが漂っていました。
【独自視点】30年経って気づいた、絆の「新しい形」
若者の皆さんに伝えたいのは、仲が良いことだけが絆ではない、ということです。菜那さんは「もう何にもすることができないので」と言って見守り、美帆選手は「自分のスケーティングを全うする」ことで応えた。
お互いに依存せず、それぞれのプロフェッショナルな場所で、自分の役割を果たす。 放送席で「高木選手」と呼び続けた菜那さんの声と、リンクで「完敗」と呟いた美帆選手の背中。
この二つのピースが合わさったとき、ミラノの氷の上には、どの金メダルよりも眩しい「家族の新しい形」が浮かび上がっていました。
まとめ:銀盤に刻まれた「負けん気」という名のバトン
1000メートルは「第1ラウンド」の銅メダル。でも、美帆選手の目には、すでに本命の1500メートル、そして姉妹で守り続けてきた団体追い抜きの頂きが見えているはずです。
「悔しさ」という最高のガソリンを注入した彼女たちが、次にどんな景色を見せてくれるのか。30年リンクを追いかけてきた私も、また一人のファンとして、冷気に鼻をツンとさせながら見届けたいと思います。
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