2026年ミラノ・コルティナ冬季五輪を振り返るとき、私・シーサーがどうしても忘れられないのは、あの「白い斜面」のことだ。テレビ画面越しに見ていた滑走路は、確かに整備されていた。スキーヤーやスノーボーダーが颯爽と駆け下りるコースは美しく整っていた。しかし30年間、本物の粉雪を知る者として、どこかに「違和感」があった。そう、今大会のコースの多くは人工雪によって作られていたのだ。地球温暖化の影響で、ヨーロッパの山々から天然雪が消えつつある。イタリアのアルプスも例外ではない。30年前、私が初めてヨーロッパのゲレンデに立ったとき、腰まで埋まるパウダーが当たり前だった。あの光景は、もう戻らないのかもしれない。
人工雪が支えたミラノ五輪の舞台裏
2026年ミラノ・コルティナ五輪の開催に向けて、組織委員会は膨大な量の人工雪を準備した。会場となったコルティナ・ダンペッツォ周辺は、近年の温暖化の影響で積雪量が著しく減少しており、大会開幕直前まで雪不足が深刻な問題となっていた。人工造雪機を大量に稼働させ、貯雪した雪を使いながらコースを整備するという、かつては考えられなかった手段が必要とされた。こうした状況は、ミラノに限った話ではない。2022年北京五輪でも、会場のほぼ全域で人工雪が使用された。地球温暖化の進行によって、冬季五輪の開催地として適した場所が急速に減りつつあるというデータも報告されている。国際スキー連盟の調査では、現在の温暖化が続けば、2080年代までに冬季五輪を開催できる都市が極めて限られてしまう可能性が示唆されている。スノーボードを愛する者として、この現実は他人事ではない。
温暖化が奪う「本物の雪」とウィンタースポーツの未来
30年前は車が埋まるほど雪が積もっていた——これは誇張でも懐古趣味でもない。私がスノーボードを始めた頃、地元のスキー場では毎年1月になると駐車場の車が見えなくなるほどの積雪が当たり前だった。朝一番のゲレンデに踏み込むと、胸まで沈むパウダースノーの感触。あの体が浮くような感覚は、30年経った今でも鮮明に覚えている。しかし最近、国内のスキー場でも積雪量の減少が顕著だ。オープンが遅れる、コースが限定される、グリーンシーズンが長くなる——現場レベルでも温暖化の影響は確実に進んでいる。人工雪の技術は年々進化しているが、天然の粉雪が持つ軽さと滑走感は再現できない。五輪のコースを滑るトップアスリートも、人工雪と天然雪の違いを肌で感じているはずだ。ウィンタースポーツの聖地が、雪を失いつつある。この現実を、私たちは正面から受け止める必要がある。
スノーボーダーとして、雪に「謝りたい」と思った理由
ミラノ五輪の人工雪のニュースを見たとき、私は不思議な感情に包まれた。怒りでも悲しみでもなく、なんというか、「謝りたい」という気持ちだった。30年間、ゲレンデに通い続け、スキー場の施設を使い、航空機で遠征し、大量のエネルギーを消費してきた私自身が、この温暖化の一因を担っているのではないかという罪悪感だ。もちろん、個人レベルでできることには限界がある。でも、スノーボードというスポーツを通じて雪山の恩恵を受けてきた者として、環境への向き合い方を見直すことは、これからの課題だと感じた。ゲレンデに感謝し、雪に感謝し、山に感謝する。当たり前のように楽しんできたその恵みが、決して当たり前ではないと気づいた今、できることから少しずつ行動していきたい。スノーボードが好きだからこそ、その舞台を守る責任がある。
ウィンタースポーツを未来に残すために、私たちにできること
人工雪に頼る五輪の現実は、私たちウィンタースポーツを愛するすべての人への警告だ。競技の舞台を守るためには、個人の意識から産業全体の取り組みまで、多層的なアクションが必要になる。スキー場の再生可能エネルギー導入、観光客の移動手段の脱炭素化、森林保護への寄付——できることのスケールは人それぞれだが、「雪を守りたい」という気持ちを持ち続けることが出発点だと思う。次の冬季五輪でも、できれば天然の雪の上で選手たちが競い合う姿を見たい。そのためにも、今の私たちが行動を変える必要がある。あなたはウィンタースポーツを楽しんでいますか?そして、その舞台を守るために、何か意識していることはありますか?ぜひコメントで聞かせてください。雪山を愛する仲間として、この問いを一緒に考えていきたいと思っています。

コメント