2026年3月、ミラノ・コルティナ五輪。画面越しに伝わる「ガリガリ」という硬い音。モーグル会場の氷のような斜面を見て、SNSでは驚きと不安の声が広がっています。
「雪がなくて、コースが氷の板みたい」「これじゃスキーじゃなくてスケートだよ。転倒が怖すぎる」
雪山を滑り続けて30年。 最新の技術で固められた「氷の壁」に挑む選手たちを見て、私はかつての「柔らかかったあの頃の白」を思い出して、少しだけ胸が痛くなりました。
(出典:Yahoo!ニュース:温暖化が変えた冬季五輪の姿。100%人工雪のコースは「もはやスキーではない」のか?)
30年前、冬の雪山は「真っ白なパラダイス」だった
いまから30年前。1月や2月のスキー場に行けば、そこには「本物の冬」がありました。
-
朝起きたら、車が雪に埋まって見えない絶望(と、最高のワクワク)
-
転んでも痛くない、腰まで埋まるパウダースノーの感触
-
板が雪に吸い付くような、しなやかで静かな手応え
リフトの上で仲間と「今日は最高の粉雪だね」と笑い合い、真っ白な世界に飛び込んでいく。転んでも雪が優しく抱きしめてくれる。
そんな「安心感」が、当時のスキーにはありました。ゴーグルに付いた雪を払う指先の冷たささえ、すべてが「柔らかい白」に包まれていたんです。
「人工雪」という名の氷に挑む現代の戦士たち
今の五輪会場は、暖冬の影響でほとんどが人工雪です。しかし、私たちが知っている「雪」と、今の会場の「人工雪」は、実は構造からして全く別物なのです。
空から降る自然の雪は、空気をたっぷり含んだ「結晶」の集まり。一方で、人工雪は小さな「水の粒」を凍らせた「氷の球」です。空気が含まれないため密度がとても高く、圧雪(あっせつ)されるとカチカチの「氷の塊」になります。
30年前の私たちが滑っていた「真綿(まわた)」のような雪とは、足裏に伝わる衝撃が違います。一瞬のミスも許されない、ナイフの刃の上を滑るような緊張感。今の選手たちは、私たちが経験したことのない「過酷な戦場」に立っています。
氷をねじ伏せる「30年前の知恵」
「氷の上は怖い」と感じるSNS世代の皆さんに、30年滑ってきた私から伝えたいコツがあります。雪質が「氷」に変わっても、大切なのは「足の裏で雪(氷)と会話すること」です。氷のような硬い斜面では、力任せに踏ん張っても板は弾(はじ)かれます。
30年前、私たちがカチカチのアイスバーンに出会ったとき、意識したのは「力でエッジを立てる」ことではなく、「膝(ひざ)をクッションのように柔らかく使い、エッジに体重をそっと預ける」感覚でした。
力まず、雪面に優しく刻み込む。それは、道具がどれだけ進化しても変わらない、人間だけが持つ「感覚の技術」です。
太ももがパンパンになっても、その「氷との対話」を楽しめたとき、スキーはもっと自由になります。
まとめ:消えゆく「白」を守るために
30年前には当たり前だったパウダースノーが、今では「奇跡」のようになりつつあります。氷のようなコースで、ボロボロになりながら滑る選手たちの姿は、地球からのメッセージかもしれません。
次にあなたが雪山へ行くとき、もし運良くふわふわの雪に出会えたら。どうかその感触を、全身で楽しんでください。雪は、ただの「競技の場所」ではなく、私たちを優しく包んでくれる「宝物」だったのですから。
(合わせて読みたい:【ミラノ五輪】「4回転」に沸くZ世代へ。30年前、僕らが『膝』に命をかけた理由)


コメント